カーヴァーの秀逸さは特に書き出しにあると思う。例えば本書に収められた『私の父が死んだ三番めの原因』という作品は「私の父を死に追いやった原因について書く。三番めの原因はダミーだ。…」という書き出しから始まります。
本書は短編集になっていて、それぞれの人の、それぞれなりの愛の形が短い文章で書き描かれています。ただ愛と聞いて想像するイメージとは裏腹に、収められた作品のほとんどは崩壊していく夫婦、あるいはすでに破綻した男女や友人関係などどうしようもない日常を無機質な文章で淡々と綴ったもの。
文学的ミニマリズムとも呼ばれるカーヴァーの短編は、過剰なほどに内容が削ぎ落されたまま進行します。物語の確信にはあえて踏み入らず、その周辺を撫でるように展開し、ついにはそれに触れることなく完結する。必要な情報がこそげ落ちた独特な文体はきっと読み手を選ぶだろうし、ぼく自身読んで合わないと感じた作品もありました。それでも波長の合う作品に関しては1つ1つの言葉選びがナイフのような鋭さを帯び、なんとも言えない小気味よさを感じさせます。
そしてまた彼の文章は、それぞれがある種の速度を持っています。それはゆっくりとした会話の応酬だったり、歯切れ良い言葉選びで流れるように淀みなく続く独白だったりというように。
心をつかむ書き出し、引き込まれる文章運びの抑揚、そして投げ出すかのような結末とも言えない結末。1話読み終えるたびに、感想ではなく感情が自分の中に残るような、そんな1冊でした。
こうして物を書いている人間として、ただ情報を届けるだけでなく読んだ人の心になんらかの読後感を残せる、そんな文章を磨いていきたい。